プロとして

教員になって10年くらいたった時、私は生涯忘れられない校長先生と出会いました。私は、教師のプロ意識をその人から学びました。今回はその先生にまつわるエピソードをご紹介させていただこうと思います。

 ある年の入学式当日のことです。真新しい制服に身を包んだ新入生が保護者とともに次々と受付にやってきます。新1年生の担任になることが決まっていた教員は、その様子を見ながら「今年は手がかかりそうだ」とささやき合っていました。髪の毛を染めていた子や、制服をわざとだらしなく着こなす子、何が気に入らないのか終始ふてくされた表情を崩さない子もいました。それは全体からすればごく一部ではありましたが、こういう雰囲気の生徒が周囲の雰囲気を壊してしまうことは少なくありません。

 入学式が終わって1学期が始まると、私たちの予想通り、その学年は例年になくトラブルが多く、まさに「手のかかる」学年であると感じました。そんなある日、職員室で同じ学年の先生が「小学校でもっと厳しく(しつけ)ていないから、こんなトラブルが多いんだ」と周囲に聞こえるように言い放ちました。仲間の同意を得ようとしているのは明らかでした。若かった私は、安易にその人に同調してしまいました。その様子を見ていた(聞いていた)校長先生が、私たちの近くに来られてこう言ったのです。

「君らは、本気でそう思っているのか? 一旦子どもを預かった限りは、小学校の指導をとやかく言う前に、この子たちが卒業するときに小学校の先生にこの子たちはこんなに成長しましたよと堂々と報告できるようにしようと、どうして考えないんだ。」

 その瞬間、誰も何も言えなくなりました。その通りです。おそらく校長先生は、その後に「それがプロだろう」と言いたかったのだと思います。言い訳をする私たちに、前を向きなさいと教えてくださったのです。子どもには何の罪もない、と。

現代は教育受難のときなのかもしれません。課題は山積しています。そうした状況のなかで、プロとしての自覚を持ち続けることは容易なことではないのかもしれません。でも、そういうときだからこそ、私たちは決して子どもを悪者にしてはいけないのだと思います。

先日、教育哲学が専門の広岡義之教授(神戸親和女子大学)が、こんなことを教えてくださいました。

「子どもにとって安全な場所が確保できれば、学校におけるさまざまな課題は解消するだろう。教室を安全な場所にすることが大切だ。それには教師が信頼を伝え続け、子どもにそれを実感させるしかない」

課題の原因を子どものみに求めるとき、そこに信頼は生まれるとは思えません。

(作品No.235RB)

危機管理の基本

初めて管理職として勤務した年の10月末の休日、突然私の携帯電話が鳴りました。電話は校長先生からでした。「まだ、はっきりしたことはわからないが今警察から電話があって、職員が現行犯逮捕されたらしい。悪いがすぐに学校に詰めてほしい。それからいつでも職員を集められる準備だけはしておいてくれ」

 耳を疑いました。しかし、残念ながらそれは事実でした。その日の朝、本校職員が盗難で逮捕されたのです。これはとんでもないことになる、そう直観しました。

 すぐに、窓口を一本化するため(電話に出るのは教頭の私だけとするため)校内の電話すべてに「電話には出ないでください」と書いた紙を貼りました。

 明日の日曜日には、町の行事が本校で予定されていました。町内の指定区域から大勢の人が集まってくることになっています。職員室のある校舎が耐震工事のため全面シートに覆われていたことで外から中を見ようとしても見えなかったのは不幸中の幸いでした。万一マスコミが近くに来ても校舎の中を覗かれることはありません。もう一つ、事が起こったのが土曜日であったことも助かりました。子どもが登校するまで時間があります。何とか休日のうちに保護者への説明会ができました。

 夕方には全国にニュースが流れました。それから約24時間後に保護者説明会を開くまで、一体自分は何をすればいいのか混乱するばかりでした。校長不在のときにどんな電話がかかってくるか、何と答えるか、必死に考えました。そして、昨年まで勤務していた県教委で受けた危機管理の基本についての講義を思い出しました。

 まず、いつ何があったかを細かく記録すること。私は大学ノートを放さず常時手元に持ち、校長との連絡やマスコミからの電話などを時刻とともに懸命にメモしました。こんなときによくそんなことをする余裕があったなと思う人もいるかもしれませんが、記録を取ることは説明会の進行に役立っただけでなく、記録を取ることで気持ちが落ち着く効果もありました。何をしていいのかわからない私にとって精神安定剤のような効果をもたらしたのです。

 それから電話対応について。特にマスコミには、可能な限り本当のことをいうことが大切だと教わりました。隠そうとすればするほど、しつこく聞いてきます。こちらの言うことが信用できないと思うと質問が際限なく細かくなります。こういうとき、対象者の年齢とか何年生の担任だといった客観的な事実、特に学校として把握していないはずがないことまで隠そうとする管理職もいるそうですが、それは相手に「学校が事実を隠蔽しようとしている」と理解しかねません。誠実に答える方が余計な混乱を生まなくてすむということです。わからないことや、校長でないと答えられないようなことは、校長が帰ってくる時間を相手に告げて、その頃にまた電話してほしいことを告げておくことで相手に誠意が伝わります。電話をかけてくるマスコミの人も仕事としてやっているのですから、誠実に対応すれば結構誠実に反応してくれます。

 実際、校長不在のときに某新聞社から電話がありました。年齢、名前の漢字、所属学年、校務分掌などを聞かれるままに答えました。その新聞社の記者は最後にこう言いました。「教頭先生も大変ですね。頑張ってください」

 名を名乗らない苦情電話もありました。「どう責任をとるつもりだ。詳しいことを話せ」とかなりの勢いです。それには「保護者会で説明させていただきます」と言い通しました。最後に電話の主は「本当にしっかりと説明しないと承知しないぞ」と脅すように言って電話を切りました。弱い立場にある者に堂々と攻撃を仕掛ける人を前にして、逆に私は冷静になれました。こんな弱い者いじめしかできない人間をまともに相手にする必要はないと思ったからです。

 昔は不祥事が起こったときに、管理職、特に校長はその事実をいかに世間に出さないかを最優先に考えていました。それが、当該職員を守ることだと信じられていたのです。しかし、SNSがこれだけ普及している現在、隠そうとするほど炎上します。不祥事そのものも問題ですが、隠そうとした姿勢の方が厳しく追及されるのです。

 危機管理の基本は「誠実さ」です。起こってしまったことは取り返しがつきません。ならば、してはいけないことをしたときには大人でもしっかりと誠意をもって謝罪しなければならないのだという姿を子どもたちに見せることが、教育者としての務めだと思います。

(作品No.227)

教職志望の大学生に伝えたいこと(紙上講演)

最近、教員採用試験を受験する人が激減しているといいます。そんなに先生という仕事には魅力がないと思われているのかと思うと、長年教員をやってきた身としては非常につらいものがあります。

 確かに、ブラックと言われるほど超過勤務が長く、小学校も中学校も過労死ラインを大きく超えている現状を考えれば、そんな職場に行きたくないと思われても仕方がないでしょう。でも、私は長年教員をやってきて、本当に良かったと思っています。実にやりがいのある仕事です。それだけに、国レベルでもっと迅速に働き方改革を進めてほしいと痛切に感じます。

 教員のやりがいは、子どもの成長の中にあります。できなかったことができるようになる、世の中を斜めに見るような子が素直な面を見せてくれるようになる、そして子どもたちが全身で笑顔になる瞬間が見られる。そんな仕事は他にあるでしょうか。

 私が教師になると父親に言ったとき、父はこう言いました。「先生はいい。かかわった子どもと長い付き合いができる。子どもにとってはいつまでたっても、先生は先生だからな」。人と人が直接触れ合え、その関係が長く続く、そういう意味で父はうらやましいと感じていたんだと思います。

 さて、最近では大学でインターンシップのような制度が導入されることが多くなったようです。皆さんも、もしかしたら活用しているかもしれません。現役の大学生の間に学校現場に行って、一定期間教員の補助的なことを行うものです。

 教育実習だけでは、なかなか経験できない学校現場の先生の思いや、細かな仕事の内容まで見えてくるという意味で、貴重な経験になるものだとは思います。だから、教員になると決めている人はやってみたらいいと思います。

 ただ、その際皆さんに覚えておいてほしいことがいくつかあります。

 一つは、どんな学校に行くかはわかりませんが、決してその学校が全てではないという意識を持っていてください。中には、インターンシップに行って「学校って本当にブラックなんだ」と感じて、教職希望を取り下げたという人もいます。その学校が、ブラックなだけで他もみんなどうだとは限りません。また、これから確実に働き方改革は進んでいきます。今でも進んでいます。今だけを見て簡単に判断しないでほしいと思います。

 それからもう一つ。こちらの方が私の最も言いたいことなのですが、インターンシップに行くのはいいんですが、そこでスキルやノウハウだけを学ぼうとするのではなく、むしろ先生方の意識や、理想について聞いてきてください。

 どんな子どもに育てたいと思ってやっているのか、子どものためってどういうことだと考えているのか、そういう根源的な部分について触れてほしいと思います。まあ、そんなこと考えたこともないという先生もいるでしょうが。

 具体的なスキルを学ぶにしても、それがどういう意味を持ち、子どものどんな部分を伸ばそうとしてやっているのかについて、積極的に先生方に聞いてほしいと思います。特に生徒指導上の問題への対応には、指導する先生の教育観がはっきりと出ますから、その辺のところを吸収してほしいと思います。

 そもそもスキルやノウハウというのは、基本的なものはあるにせよ、学校によって違うものです。地域性もあって、その学校独自の文化などもあって当然です。だから、スキルばかりに目を向けても、実際に赴任する学校でそのまま使えるかどうかはわかりません。とても貴重な体験なのですから、もっと根本的なことに目を向けて臨んでほしいと思います。

 この話からすると、学生の間にぜひ、教育の本質的なことが書いてある本を読んでほしと思います。それは、学生のときでないとなかなかできません。実際に赴任してしまうと、最初の数年は、毎日が戦争のような日が続きます。やることが山のようにあって、本質的なことを考える時間的、精神的な余裕を持つことが難しくなります。

 それはそれで、皆さんの将来の糧になることは確かですが、方法論というのは理論的なバックボーンがなければ、すぐに使えなくなります。ある社会学者が言っています。「すぐに使えるものは、すぐに使えなくなる」と。

 インターンシップや大学での具体的なスキルやノウハウはよくもって1年くらいでしょう。必ず枯渇するときがきます。効果的だと教えられたことが、自分の学校では通用しないということはよくあることですし、同じ方法がいつまでも使えるとは限りません。

 そうなると、どうしていいかわからなくなります。そのときに「拠り所」となるものを持っていないと、途方に暮れてしまいます。教育について深く考えた経験がある人はそういうスランプのようなものにぶつかったとき、原点に帰ることができます。

 教育の専門書を本格的に読めるのは、大学生のときだけです。できれば難しいものに挑戦してみてください。例えば、私がおすすめなのはボルノウの『教育を支えるもの』なんかは、現代の学校にも十分に通用すると思います。難しくてわからなくても大学にいるときなら、教授に質問に行けます。その時間的余裕も大学生の方が十分にあるはずです。

 もっと読みやすいものとしては、教育哲学者の苫野一徳さんの本がおすすめです。これは新書版でとても読みやすく、しかも、教育の本質について気づかせてくれます。

 よく、学校現場、特に中学校なんかでは「そんな理屈ばっかり言っても役に立たない」という人が先生方の中にも結構いますが、それは間違いです。指導力のある先生をよく見ているとわかります。その先生がやっていることは、本人が自覚していなくても実は理論的に説明できることが多いのです。それに気づけるようになるためにも、読み応えのある教育の専門書を一冊でもいいから読んで卒業してほしいと思います。

 いま、多くの教育学系の大学ではゼミの授業よりも採用試験対策や現場ですぐに使えるものを教授することが多くなってきているといいます。これは、文科省が率先してやっている面もあります。求められる教師像を設定して、そのためのコアカリキュラムを大学に課すような取組をすでに進めています。それはある意味非常に危うい。同じような先生ばかりを育てることが本当に子どものためになるのだろうかと思います。

 私は、皆さんに長く教員生活を送ってほしいと思います。それは、自分の年齢や経験の数によって、目の前の子どもから見えてくることが変わってくるからです。新任の時にはみえなかったことが、5年後、10年後に見えてくることも多くあります。そうなればなるほど教師のやりがいは深いものになります。ぜひ、それを経験してほしいと思います。

 長く続けるには、そして長いほどに味わえる教員のやりがいは自分の中にある「拠り所」の確かさに比例します。そのためにも、ぜひ教育の専門書を読むことにこだわってください。

 

 最後になりますが、皆さんが、晴れて教職に就かれたときにお願いしたいことがあります。それは、できるだけ自分の考えを発言してほしいということです。未熟な自分には何も言えないとか、何もできないくせに何を偉そうに言っているんだと思われないかとか、迷いはあるとは思いますが、それでも自分はこう考えるということを意思表示してください。

 先輩の先生がやっていることが必ずしも正しいとは限りません。特に最近は学校も大きく変わろうとしています。そういうときに若い皆さんの感性は必ず役に立つはずです。これからの学校を支えるのは皆さんのような若い人です。

 企業の中には、社の命運をかけるようなプロジェクトに敢えて新採用の人をメンバーに入れることもあるそうです。それは、会議を硬直化させないためです。何もわからない、経験もない人の方が意外と物事の本質を突くことがあるんです。

 若い人の声に耳を貸さない組織は必ず衰退します。学校も同じです。私は20代の先生によく言っていました。「あなたの考えは間違っていない。もっと職員会議で発言してください。これからは、あなた方の時代なんですよ」って。

 ベテランの先生の言う「こうするべき」という考えも尊重することは必要ですが、「べき」にこだわりすぎると、目の前の子どもと離れていくことに気づかないことも結構あるんです。

 最近の新任の先生はとてもまじめです。でも、あまり自分を出さない人が多いとも感じます。もっと、わがままになっていいと思います。そうやって自分の考えを行動に移すことで周囲のベテランからいろいろいわれることもあるかもしれません。それでいいんです。そういう経験が皆さんの将来の力になるんです。若い人は多少とげがあってごつごつしているくらいがちょうどいい。不要なとげとげしさは、ぶつかっていくうちに丸くなります。そして、必要な「とげ」、つまり自分らしさだけが最後に残るんです。最初から丸いとそこから自分らしい「とげ」を作ることは難しい。

 現代は多様化の時代だと言われています。この10年ほどで社会の価値観は大きく変わりました。皆さんはそういう社会で育ってきたのです。社会の最先端の空気を吸って成長してきたのです。子どもたちと最も近い感覚を持っているのは、皆さんです。

 どうか自信をもって、やりがいを満喫してください。

(作品No.192RB)

処分されないという悲劇

同窓会の帰りでした。招待していた恩師がわざわざ私のところにやってきてこう言いました。

「とにかく、徹底的に職員を守れよ」

 その恩師は、私がそのとき教頭として小学校に赴任していたことを知っていました。そして、ちょうど、ある臨時講師が何度も児童への暴言を続けることを受けて、校長と協議した結果辞めてもらう決断をした直後でした。その恩師は元県教委の要職についていた人です。もしかしたら、今回の臨時講師の件も知っていたのかもしれません。とにかく、迫力のある目で私を圧倒してきました。「職員を守ってこその管理職だ」と私に知らしめたかったのでしょう。

 私は、かなり残念な思いがしました。あれだけ信頼していた恩師がもうすでに時代遅れの感覚を持ち続けていることを感じたからです。

 かつては職員を守るというのは、事を大きくせずに穏便に済ませるという意味でした。そのことによって、その職員の職歴に傷をつけることがなく、管理職としても職員をあたかも家族のように守ってやったという満足感が得られたのでしょう。

 でも、今はその考え方は仇にしかなりません。

 昨日(2022年12月17日)、読売新聞オンラインで次のような記事を見つけました。タイトルは「保護者から相次いだ苦情、体罰の訴え軽視した元小学校長「責任感じている」…中1男子が自殺」。体罰を繰り返す教員に校長が何度も指導したにも関わらず、態度を変えることがなく、ついに生徒が自ら命を絶ってしまったことについて、当時の校長が取材に応じたという記事です。

そこでは、「音楽の授業で子供の腹を殴ったのでは」と保護者から訴えがあった際に、「腹筋を使うようにという指導」との元教諭の説明を信じ、市教委には体罰ではなく「不適切な指導」として報告するに留めたとあります。

 また、児童、保護者を対象に体罰の有無を尋ねるアンケートでは、複数の保護者が元教諭の体罰があったと証言しているにもかかわらず、市教委に報告すらしていませんでした。

 その上、元教諭は問題行動が多かったために担任から外されていたのに、元校長はそうした引き継ぎも受けていながら、6年生の学級担任にしています。「希望したのが彼だけだった。不安はあったが、指導で徐々に変わっていた」というのです。

 この元校長が、のために大ごとにすると面倒だと考える事なかれ主義者だったのか、いわゆる「親分肌」タイプの校長として「職員を守ろう」とした結果のことだったのかは、この記事からはわかりません。

 当該教員は「元校長から指導を受けた覚えはない」と主張していますが、元校長は何度も指導したと話しています。こういうところから推察すると、元校長の中に、昔ながらの「職員を守る」という意識があり、指導の内容が厳しさに欠けた可能性を否定することはできないと思います。元校長の指導が「とりあえず指導しました」というアリバイづくりくらいのレベルだったのではないかと勘繰られても仕方ありません。

 私の勤務していた学校にも同様の不適切教員がいたことがありますが、どんなに保護者が真剣に訴えてきても絶対に事実を認めることはありませんでした。その教員は過去に市の教育長から児童へのセクハラをもみ消してもらった経験があり、事実を認めなければ処分されないという確信があったのだと思います。

 こうした悲劇を生み出さないためには、最初の体罰や問題行動に対して第三者による事実確認や、公的な処分を行うべきです。「守られる」のが当然だと思っている教員の意識を変えるためにも、たとえ非情だと言われても校長は事を公にし、処分も辞さない方向で対応すべきです。職員を守ろうとして子どもの命を奪ってしまったら、何のために校長をやっているかわかりません。仮に、早い段階でこの職員が公式に処分されていれば、このような悲劇は起こらなかったと思います。

 本人が事実を認めない場合、確たる証拠があるわけではないため、対応は慎重に進める必要があるでしょうが、校長としては毅然とした姿勢を周囲に示すべきです。SNSがこれだけ広がっている時代です。隠そうなんて考えても、保護者の間であっと言う間に情報が広がります。ときには、動画を取られていることもあるのです。そんな時代に、職員を守るために事を穏便に済ますことなどできるはずはありません。

 それに、こうした不適切な教員に対して校長が「守る」姿勢を見せれば、その他の真面目な教員を守ることができなくなります。被害を受けた児童生徒の学級担任にも過酷なほどの負荷がかかります。学級担任として、受け持っている子どもが命を落とすほどショックなことはありません。精神のバランスを崩してしまうことも十分あり得ます。

 教員の中にも、まだまだ「守られる」のが当たり前の権利のように思っている人がいます。先述の私の学校でのケースでも職員鍵で堂々と「管理職が職員を切り捨てるようなことが許されていいのか」と怒気を強めて訴える人もいました。そういう人の意識を変えるためにも、できるだけ早期に、目に見える形で公にする方向で対処すべきです。

 こうした事案は、事実を確認するだけでも膨大な時間がかかることも考えられますが、方向性が処分も辞さないという毅然とした対応であることが被害者に伝われば、最悪の事態防止に大きな力になるはずです。

 かつて、私と同期の校長が職員会議で次のように言ったそうです。

「子どもは死ぬんですよ。私たちよりずっと死との距離は近いんです。そのことを頭に入れて関わってください」

 まさにその通りです。中途半端な対応は子どもを殺してしまう可能性があります。その危機感を、すべての教員が持たなければなりません。

 (作品No.190RB)

―教員の不祥事について考える その2ー

前回、体罰やセクハラについて書きました。基本的に私はこういうことは厳しく「処理」すべきだと書きました。「処置」や「処罰」ではなく「処理」と書いたのは、できるだけ早くこういう教員を学校から切り離すよう粛々と事を進めるべきだと思うからです。

 ただ一つ気になることがあります。

 それは、最近、小学校の「荒れ」が増えていると感じることです。私の地域だけの傾向かもしれませんが、授業中立ち歩いたり、奇声を発したり、暴れたりする児童が小学校で目立ってきているのです。1980年代半ばがピークだといわれる中学校の「荒れ」が、今小学校で広がりつつあります。当時の中学校では、他の生徒を守るために(良い悪いは別として)、教員は少々手荒い手段を使ってでも体を張って止めに入っていました。そうでもしないと真面目に頑張っている生徒を守れなかったし、世間もある程度厳しい指導を求めていました。それほど学校の中は荒れ放題だったのです。

 でも、小学校における「荒れ」の場合、対応はかなり難しいと思います。時代も変わり、価値観も多様化しています。それは望ましいことです。でも、小学生が荒れた行動を起こした場合に、これといった対処法はいまだ確立されていません。

 マスコミは生徒が被害者になったときには大きく扱いますが、教員が生徒によって傷つけられたケースはほとんど報じません。例えば、特別支援学級の担任なら、おそらく日常的に児童から傷を負わされているでしょう。これは児童の暴力とは言えません。自分の感情をコントロールすることが苦手なために、暴れるという行動でしか表現できないのですから児童が悪いわけではありません。そこは誤解のないようにしていただきたいと思います。

 とにかく、突発的に起こす彼らの行動は一刻も早く収めなければなりません。そのとき「力づく」以外の方法で制止することは可能なのでしょうか。たとえ「力づく」であっても、暴れている児童の行動を制してやらないと、その子を加害者にしてしまいます。感情的になって投げた鉛筆やはさみの先が近くの児童の目に刺さるようなことが起きないとも限りません。それでもしその子が失明でもしたら、暴れていた子は一生その重荷を背負うことになります。暴れている児童に何らかの特性があるならなおさらです。特別な支援が必要な子は、これまで何度も何度も周囲から否定されてきた経験を持っています。だからもともと自尊感情が低いことが多いのです。その上、取り返しのつかないレベルで人を傷つけてしまったら、それこそ自責の念で自尊感情はボロボロになってしまい、立ち直れないほどの心の傷を負うでしょう。

 私はそういう子の保護者によくこんな話をしていました。「あなたのお子さんは、感情が高ぶったときに激しい行動を起こします。しかし、私たちにとってあの子は他と同じように大切なのです。だからこそ、私たちはご両親と協力して、あの子を絶対に加害者にだけはしてはいけないのです。」と。実際、そういう話をして、それまで子どもにほとんど無関心だった父親が、母親に子育てを任せっきりにしていた態度を改め、子どものためにいろいろと動いてくれるようになった例もあります。

 こうしたことは、通常学級でもたびたび起こります。教員はそうした場合、不安やときには恐怖すら感じながらも子どもと必死にかかわっているのです。近年、教員の働き方改革が話題になることが多くなり、過酷な状況の中で、新採用の若い教員が一年を待たずに退職してしまう事例が増えています。その主な原因は、教員の長時間労働だと言われていますが、本当の原因はそれだけじゃないのです。子どもへのかかわり方がわからず途方に暮れてしまっていることも大きな原因の一つなのです。

 しかし、「私は子どもが怖いから教員をやめます」などとは絶対に言えません。そんなことを言ったら周囲から何を言われるかわかったものじゃありません。明らかな不祥事を起こしてしまった教員には厳罰が必要ですが、真摯に子どもと関わろうとしている教員に一つでもいいから有効な方策を与えなければいけません。

 これを書いているときに、インターネットで次のようなニュースが流れました。

「5時間目の授業中、男児のクラス担任の女性教諭(54)が、「学級が落ち着かない」と職員室に連絡した。教頭が様子を見に行くと、男児が机に立てた鉛筆を手で払ったり、床に置いた水筒に座ったりしていた。教頭は口頭で注意をしたうえ、鉛筆を取り上げ、水筒を足で払って授業を受けさせようとしたが、男児が再び水筒の上に座ろうとしたので、腕を強く引っ張って廊下に連れ出し、放り投げたという。男児はその際、机やいすに足や背中がぶつかり、さらに放り投げられた際に尻餅をついたという。」(「小学校教頭が3年男児を放り投げる 愛知・東海市教委が謝罪」 10/4(火) 7:50配信 朝日新聞デジタル)

 市の教育委員会は、教頭の行動に行き過ぎた点があったとして謝罪の記者会見を行っており、当該教頭に対しても何らかの処分を考えているようです。

 しかし、ここに出てくる教頭は教員にとってはとてもありがたい人だったのではないでしょうか。教頭は教員のSOSを受けて、円滑に授業を保障するためすぐに教室に駆けつけています。管理職が駆けつけるということは「私が責任をもつ」という決意の表れです。いい加減な教頭であれば、他の教員を教室に「派遣」したり、忙しいことを理由に放置するでしょう。緊急事態だからこそ学級担任はSOSを出したわけですから、迅速な対応が求められるのに、まず校長に相談して指示を仰いでからでないと動かない教頭も少なくありません。校長に知らせておけば、何かあっても最終的な責任を自分が負うことはないからです。

 でも、この教頭はすぐに教室に駆けつけています。確かに、本人も言っているように「感情的」になって、児童の水筒を足で払ったり「放り投げる」(どの程度かはわかりませんが)行為はやりすぎだったかもしれません。でも、この事例を前回取り上げた高校の顧問(高校1年生に対して顎が外れるほどの有形力の行使をした顧問)と同じ俎上に載せることはできません。私が最も恐れるのは、単純に「なんてことだ、教諭だけでなく教頭まで体罰を平気でやっているのか。いったい学校はどうなっているんだ」という文脈でとらえられてしまうことです。また、「学級担任がどうして自分で収められなかったのか。50歳を過ぎたベテランが情けない。力量不足だろう。」と一蹴されてしまうことも危惧します。果たして、このケースの場合教頭が最後まで冷静であったとしても、根本的な解決方法はあったのでしょうか。

 報道内容から判断する限り、この児童はかなり反抗的な態度を示しています。それが「自分の水筒を足で払われた」ことに対する怒りだったのかもしれませんし、普段の学級担任との人間関係も影響しているかもしれません。報道内容だけでいろんなことを判断するには無理があります。また、いかなるときも教員が児童を悪者扱いするのは許されません。それでもあえて言うなら、こういう場合にどんな対処方法がこれ以外にあったのかということです。教頭を一方的に非難する人は、具体的な(有効な)手段を示さなければなりません。

 通常考えられる対応としては、駆けつけた職員(この場合は教頭)があくまでも冷静に児童に接し、少々荒っぽい児童の言動を前にしても声を荒げることなく対応し、本人の納得を得て教室以外の場所に連れていき、クールダウンの時間を十分にとってからじっくりと話を聞く時間を確保することでしょう。けれども、そんなことがいつもできるとは限りません。

 万一、今回のケースで児童が限度を越えた暴力行為に及びそうになった場合、教員に「力づく」以外の方法はあったのでしょうか。それさえ許されないとしたら教員は一体どうすればいいのでしょう。私なら、児童の背後に回って体を抱え込み、とにかく他の児童に被害が及ばないようにするでしょう。でも、これも「力づく」の一つです。後ろに回るのは、前から行けば当該児童の手や足の洗礼を受けてけがをする場合もあるからです。それを防ぐには背後から抱え込む必要があるのです。それでも児童は私を振り払おうとして必死になり、頭突きで私の顎をねらってくるかもしれません。実際に私はその洗礼を何度も受けました。小学3年生といえども全力で向かってこられれば、こちらも無傷でいられないのです。私たちは、暴れる児童のためにも絶対に大きなケガをしないようにしなければなりません。当然周囲の他の児童もケガをさせるわけにはいきません。

 学校現場の経験のない人にぜひわかってほしいのは、教員はどんなに児童から攻撃されてけがをしてもどこにも訴えるところがないということです。特に、体格的にも体力的にも優位である教員が幼い児童に責任を負わせるようなことはできません。その日収まっても次の日にはまた同じことが起こる可能性は十分にありますが、だからと言って教員は、その児童を翌日から教室に入れないわけにはいかないのです。その子にも学習権はあるのです。だからこそ、教員は苦しんでいるのです。

 こうした問題に対する有効な手段が成立しないのは、今の学級制度があまりに強固であるからです。明らかに制度疲労を起こしているのに、それに従うしかない状況がすべての原因なのです。

 今回の場合、教育委員会は立場上、謝罪するしかないでしょう。でも、実際は毎日のように教員は児童によって傷を負わされているのです。それを労務災害として訴える教員はほとんどいません。それは教員であることのプライドでもあるのです。子どものためなら少々のことは我慢しようという切ないまでの真摯な態度の表れなのです。だから授業中立ち歩いて授業の妨害をし、教員を教員とも思わない言動を繰り返し、教員から注意を受けるとパニックになって暴れ出すことがあっても「教員」として誇りをもって子どもに接しようとしているのです。それが正しいことかどうかはわかりませんが、せめてそういう教員の思いを受け止められる社会であってほしいと思うのです。そのためには、学級を普段からもっと柔軟に運用できるよう制度を整えてほしいと思います。

 だからこそ、そうした本質的な議論を一瞬で無駄にしてしまう、前回挙げたような「暴行」を確信的にやってしまう教員が許せないのです。そんなことをするから、学校は教師の資質や意識のレベルばかりを問われ続けた上に、正解のない問題を解き続けなければならないという悲劇が延々と続いてしまうのです。

(作品No.171RB)

「これは明らかに体罰である」という表現は存在しない

―教員の不祥事について考える その1ー

社会の中で体罰が問題視されたのはいつごろからなのでしょうか。今は誰に聞いても「体罰は良くない」と答えるでしょう。かつては「愛のムチ」だと言って容認していた時代もありましたが、今そんなことを言ったらそれこそ「愛の無知」と非難されるでしょう。

 しかし、依然として体罰はなくなっていません。つい先日もある私立高校で部活動の顧問が、試合当日にユニフォームを忘れてきた部員(高校1年生女子)の頭を殴り、それによって女子生徒の顎が外れるという大きな傷害を負わせました。しかも、そのまま5時間以上自分の側に立たせて罵詈雑言を浴びせ、次の日も臀部を減るなどの暴挙に出たというのです。生徒は精神的にショックを受けて学校に通えない状態であるということです。ここまでくればもう暴力を越えた暴行であり、生徒がケガを負った以上は「傷害罪」が適用されても何の不思議もないでしょう。いや、むしろそうすべきです。

 そもそも、これだけ連日のように教員による暴言や体罰が報じられ、教員が処分されているにもかかわらず暴行に及んだわけですから、明らかに「確信犯」です。今後、被害届が出されると思いますが、その前に学校は当該教員を懲戒解雇処分(私立高校ですから、理事長の判断でできるはずです)とすべきでしょう。被害者からすればそれでも足りないくらいです。とにかく、教師としての資格があるとは到底思えません。

 と、ここまで書いてきて読者の皆さんは「あれっ」と思われたでしょう。タイトルと内容が微妙にかみ合っていないんじゃないの?と。

 実は私は、現代においては有形力の行使(殴る、叩く、蹴るなど)としての「体罰」は存在しないと思っています。なぜなら、有形力を行使した時点でそれは「体罰」ではなく「暴行」だからです。「体罰」という言葉を使うから、どこか教育的配慮というニュアンスを残してしまうのです。

 私は以前、「体罰」について若干研究のまねごとをしたことがありますが、意外と「体罰」の定義は、はっきりしないまま放置されてきたのです。学校教育法第11条には、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。但し、体罰を加えることはできない。」とされていますが、そういう割には「体罰とは何か」という定義は示されていません。他の法規にも明記されていないのです。懲戒と体罰の境界については、通知レベルでしかありません。しかもそうした通知は、過去の裁判の判例をもとに書かれていることが多いのです。「体罰」とは何かという明確な定義を法的レベルで明示せず、最終的な判断を司法に委ねてきたという意味で、文科省の怠慢と言ってもいいのではないかと思います。

 私は「体罰」という言葉が使用できるのは、その行為が「体罰」かどうか微妙な場合に限られると思っています。例えば、何か良くないことをした生徒を別室に呼んで説諭しようとしたところ、説諭が終わらないうちに当該生徒がその部屋から勢いよく立ち去ろうとしたとします。教員とすれば「まだ話は終わっていない」と思って当然でしょう。そして、教員が生徒をその場に引き留めるために、逃げようとする生徒の腕をつかんだとします。そのとき、教員の手の跡が生徒の腕についてしまったといった場合、それを有形力の行使と言えるかどうかは微妙な状況となります。文科省は「有形力の行使」を体罰の筆頭のように扱っていますが、有形力を行使したらもう「体罰」の域を超えているのです。だから「体罰」という言葉が使えるのは、それが有形力の行使に当たるかどうかを見定める余地があるときに限って、「便宜上」用いられる概念だと思うのです。

 しつこいようですが、有形力の行使は明らかに暴行であり、相手がけがをすれば傷害罪のレベルになります。後は、その行為の程度によって処罰の内容が決められるだけです。だから、「これは明らかに「体罰」である」という言い方は、そもそも日本語として成立しないのです。こういう言い方をした時点で、暴行に教育的配慮という保護膜を施し、曖昧にしようとしているのと同じことです。

 そういう中途半端な部分を残している上に、有形力の行使をした教員は多くの場合懲戒免職とはなりません。それどころか暴力をふるった教員は、顔写真はもとより、名前すら公表されないこともあります。名前や顔を公表しないのは、ほとぼりが冷めれば他の学校などで教員として出直す道を残すためなのではないかと勘繰ってしまいます。そもそも、傷害罪を問われるようなレベルの暴力をふるっておきながら、私立学校なら理事長、公立学校なら都道府県教委の課長クラスら数人がテレビの前に立って深々と頭を下げること自体が不自然です。確かに採用したそれらの人の責任はあるでしょうが、これだけはっきりした事例であれば、本人も同席すべきでしょう。だいたい、一般企業に勤める人が無抵抗の同僚や後輩を顎が外れるくらい殴ってけがを負わせ、出勤できないほどの精神状態に追い込んでいる状況で、加害者が警察に連行されるかされないかくらいのタイミングで謝罪の記者会見などさせてもらえるでしょうか。刑が確定していないのに何を謝っているのでしょう。しかも、そこにいるのは上司なんてこと世間ではあり得ません。

 学校という組織は、教育委員会を含めて身内に非常に甘い。一昔前の校長は、何かしら不祥事があったときにいかにして当の本人を前に出さないかを一番に考えていました。それが職員を守ることだと信じて疑わなかったのです。そしてそういう校長が「親分肌」の校長として慕われてきたのです。今でも多くの校長がその感覚を残していますし、教員も守ってくれる校長を当てにしているところがあります。そして、「校長が何とかしてくれるだろう」という甘えた教員が生き残るのです。熱心にやった結果なんだから何とか助けてやるのが「親分」の役割だというわけです。

 私は、かつて教頭のとき暴言が止まらない臨時講師(当時は半年経過し時点で、一日空白をあけて再度採用するという制度でした)を校長と相談して更新しなかったことがあります。普通なら警察にでも捕まらない限り更新するのが通例です。しかし、あまりに目に余ったので校長と相談の上、決断しました。そのあと、本人はもちろん、同じ職場の同僚や地方議員、引退した元校長などから「自分の学校の教員くらい守れないのか」と罵声を浴びせられました(当時の校長はもっとひどかったでしょう)。その中には、私の中学校時代の恩師もいました。とても悲しかったのを覚えています。あんなに頼もしかった先生も現実が見えなくなっている、そのことがとてもつらかったのです。

 私は今でもそのときの判断は間違っていなかったと思います。有形力の行使こそなかったものの毎日烈火のごとく怒鳴り散らされ続けている子どもたちを放っておくことはできませんでした。子どもたちは、学級担任であるその教員の顔を見るだけで固まってしまうほど恐れていました。学校関係者から聞こえるのは非難の声ばかりでしたが、保護者からは感謝されました。そして、なにより子どもたちに笑顔が戻りました。職員を守っていれば、少なくともあと半年、子どもたちは死ぬ思いで登校を続けなければならなかったのです。

 昔はそれでも何とかなったかもしれません。でも、今は違います。そういう守り方をすればするほど不祥事を起こした教員にバッシングが集中し、それを許した校長に無数の矢が飛び、他の教員も信用を失い、学校不信は取り返しがつかないほど深刻になってしまいます。しかし、そういう管理職は今でもたくさんいます。まるで教員が第一に守るべきは生徒であるという基本を忘れてしまっているかのようです。

 また、私は小学校の校長をしていたとき、保護者からパワハラやセクハラまがいの言動で子どもが追い詰められているという訴えを受けました。私はそのときその教員にはっきりと宣言しました。「あなたは自分にはやましいところはないと言いますが、保護者が泣きながら訴えてきているのです。その事実を真摯に受け止めなさい。もし、明らかな証拠が出た場合には、私はあなたを守ることは一切しません。」と。

 その教員はちょうどその年、定年退職を迎えるタイミングでした。当然私よりも年上です。その教員はその後、私を「パワハラ校長として訴えてやる」と陰で息巻いていたそうです。しかし、私は教育委員会にいたので知っていたのです。その教諭が、10年ほど前に同じような問題を起こし、保護者が教育委員会に被害を訴えていたにもかかわらず、教育委員会は何の処罰も与えず、教員を転勤させるだけでうやむやにしていたことを。そして、そのときの記録が教育委員会のどこに保管されているかも知っていました。訴えればその資料を裁判所に提出するつもりでした。当然その教員も私が教育委員会にいたことは知っています。だから、どんなに息巻いていても絶対に訴えることはないという確信が私にはありました。その資料の内容が公になって一番困るのはその教員です。そうなれば、下手をすれば目の前の退職金すらすべて没収される可能性もあります。そこまで覚悟して訴えるほどの度胸がある人間なら、こそこそとセクハラまがいのことはしないでしょう。

 この教員を野放しにしてしまったのは10年前に厳罰(懲戒免職までは無理だったとしても)に処しなかったからです。そうしていれば、その後被害に遭う子どもを生み出すことはなかったかもしれないのです。そのツケを私は払わされたのです。こんな腹立たしいことはありません。だから、その学校に赴任が決まった時点で「どこかではっきりさせてやる」と決めていました。それまでの管理職は学級担任から外したり、固定された特別教室での授業に専念させ、できるだけ複数の教員を授業に配置するなどさまざまな手立てを打ってきたようです(複数の学校をたらいまわしにされていたようですが)。加配もさほど多くなかった当時は慢性的な人員不足でした(今も解消されていませんが)。学校現場にとって、これほど迷惑な話はありません。また、児童が特別教室と一般の教室移動の行き来する場合も必ず別の教員を先導させるなど校内のルールも変更したそうです。何より、セクハラ疑惑があることを他の教員は知っているわけですから、何かあれば職員全体が管理職に攻撃の矢を向けることも考えられます。そうなると学校は空中分解してしまいます。

 実際、私がその学校に赴任するまで何度も怪しい雰囲気があったそうですし、保護者から苦情も結構あったようです。しかし、それまでの管理職は、総じて腫れ物にさわるように対応してきました。真っ向から攻めることを避けてきたのです。だからいつまでたっても同じようなことをいろんなところで起こし続けて、そのたびにしらを切り続けてきたのです。

 私がその教員に宣言した際、同席した教頭が終わったあと若干心配そうな顔で「あそこまではっきり言う校長には出会ったことがない」と言われました。そして、その話は職員の間に広がりました。「今度の校長は本気だ」という雰囲気が生まれました。だから、問題が起きたとき躊躇なく私に報告してくれたのです。私は保護者の了解を得て、その日のうちに本人を呼び出して宣言したのです。自慢みたいになってしまいますが、そのスピード感は大成功だったと今でも思います。ちょっとでもためらう様子を見せたら、職員の気持ちは離れていくに違いないと思いました。だから、本人との対応も管理職だけで行いました。学級担任をはじめ他の教員を介入させることはしませんでした。そんなことをしたら、同席した職員にどんな被害が及ぶかわかりません。

 実は、私はその学校に赴任してすぐに、セクハラ疑惑の教員を校長室に呼び出して「宣戦布告」をしていました。本当はそこまでしなくてもよかったのですが、本人が私の顔を見るたび「再任用頼みますよ」としつこく言ってきたのです。正直、頭にきました。「ああ、やっぱり何も反省していない」ということがはっきりしたのです。私は校長室で言いました。「私がこの学校に来たのは、あなたを無事に定年退職させるためだ。しかし、それはあなたのためではない。あなたが無事に定年退職するということは、あなたが何も問題を起こさなかったということだ。どうか私の期待に背くことはしないでほしい。」

 その教員はかなり不満そうな表情で、どうしてそんなことをわざわざ言われなければならないのかと反論してきましたが、「今、私が言ったことがすべてです。」として取り合いませんでした。先に書いたように、案の定問題は起こりました。本人は最後まで否定を続けました。本当は私はその教員に辞めてほしいと思っていたのですが、しばらくして被害者側の保護者があきらめてしまいました。これ以上、事を大きくしないでほしいと言ってきたので処分までは至りませんでした。夫婦そろって校長室に来られたときのご両親の苦渋の表情が忘れられません。親としては、これ以上事が大きくなれば本人(娘)がさらに傷つく。もし、被害者として名前が知れるようになったら娘のためにはならないとおっしゃったのです。そこまで言われて、一緒に最後まで戦いましょうとはさすがに言えませんでした。でも、私の対応には感謝してくださいました。結局その教諭は最後まで勤め上げました。教育委員会にも始終情報を伝えていましたが、明確な証拠がないため具体的な対応ができなかったという事情も分からないではないので、特に教育委員会にいやごとは言いませんでした。

 教員の不祥事は、子どもが被害者となっていわれのない苦しみを与え、学校に対する信頼を失墜させるだけではありません。こういうことが続けば、今の学校が抱えている問題の本質すら曖昧にしてしまうのです。

 私は、現在の学校の多くの問題は学校の制度疲労が原因だと思っています。まじめな教員ほど、制度疲労を起こした学校制度と現実に起こる問題との狭間で苦しんでいます。特に、学級制度はもう限界に達しています。学級は、明治24年(1886年)の「学級編成ニ関スル規則」で初めて法的根拠を得ました1)。今もこれを根拠としているかどうかはわかりませんが2)、このときにそれまで採用されてきた「等級制」を廃止してほぼ今の学級の形が成立しました。100年以上同じシステムが続いているのですから「制度疲労」が起こっても不思議ではありません。とにかく、強制的に所属する学級が決められ、それを変更する要求はよほどでない限り認められない超閉鎖的な空間の中で、いじめられた子が行き場を失い、不登校の子が復帰するきっかけを失っています。教員はその子を何とかしようと懸命に頑張りますが、いじめにしても不登校にしても学級制度があまりに頑強であるために解決の道は閉ざされているのです。学級がせめてもう少し柔軟な組織であれば、普段から子どもたちにさまざまな居場所をつくることができます。大学では深刻ないじめは小中高に比べて非常に少ないといわれています。それは、集団が固定されていないからです。自分と合わない者がいても、嫌がらせをしたとしても、それが限定された場と空間で済むからこそ問題は深刻化しないのです。強固な学級制度のままでは、いじめられた子の戻るところは元の学級しかありません。悲劇的なのは、そういう子どもたちが学級に入れないことを次第に自分の責任だと自分を責めるようになることです。こんな理不尽が許されていいはずはありません。

 だからこそ、本来ならば、文科省はもちろん、教師や生徒、教育委員会、そして保護者や地域が一丸となって、本当の意味で子どもにとっていい学校(学級)とはどうあるべきかを考えなければならないのです。それなのに、犯罪まがいの行為をする一部の教員がいることで、本質的な問題を論じることが困難になってしまいます。つまり、「システムがどうのこうのという前に、教員の問題行動を何とかする方が先だろう」とか「教員の責任をシステムせいにするのは詭弁だ」という見方が広がってしまうからです。そういう意味でも、明らかに有形力の行使をした教員は、即刻公の場に出し、警察に介入してもらって徹底的に捜査するべきです。学校の中だけで対応しようとするから、問題を長く引きずることになり、さらに学校不信は深刻なもとになって、本当に必要な議論ができなくなってしまうのです。

 いまや学校は、一部の問題教員にかまっているような余裕はありません。冷たい言い方かもしれませんが、教員を特別視することなく、一般の人と同じ手順で「処理」すべきです。

 ただ、一つ気になることがあります。それは、次回に。

  1. 寺﨑昌男・平原春好編(2002)『新版教育小事典』(学陽書房、p37)
  2. この点についていろいろ調べたのですが、いわゆる標準法も学習指導要領も当然生徒指導提要も学級の定義は明治24年の「学級編成ニ関スル規則」以外には見つけられませんでした。そこで、文科省に直接電話して聞いてみたのですが、後ほど私の携帯に電話しますと言われて、もうそろそろ一か月が経とうとしています。

(作品No.170RB)

限りなく現実に近いフィクション

今日は、参観日(中学校)。M先生のクラスは1年生。授業は理科室での理科。授業者はK先生。50歳を過ぎたベテランです。M先生はすでに年度当初の第1回の参観日で「顔見せ」を済ませていたので、今回は駐車場係でした。それが終わったあと、参観授業後の学級懇談会に備えて教室の環境整備の仕上げをするために、自分の教室に向かいました。できるだけ和やかな雰囲気で会が進むようにと机を円形に並べ直したり、ゴミが落ちていないかなどを確認したりしていました。

M先生は、今年その学校に転勤してきたばかりだったのですが、すでに10年以上の経験があり、前年までは当時としては珍しかった内地留学で大学院での研究もしていました。

4月に出会った生徒はたいへん素直で、学級経営も順調。今日の学級懇談は、きっと充実したものになるという確信めいたものさえありました。ところが―――。

参観授業終了のチャイムが鳴り、M先生は保護者を迎えるべく、自分の教室の入口で待っていました。廊下の端の方から、予想以上の保護者が教室に向かってくるのが見えた。「ほお、この学校は保護者が熱心なんだ。こんなに学級懇談に残ってくれるとは」と思って、先頭にいた男性保護者に「ご苦労様です」と声を掛けようと近づいたそのとき、男性は怒りが収まらないといった鬼の形相で吐き捨てるように言った。「いやあ、すごいもの見せてもらいましたよ」「えっ!何のこと?」後に続く保護者の顔も一様に強張っています。

懇談が始まります。M先生は、冒頭の担任あいさつで恐る恐る聞いてみました。「授業、どうでしたか?」

一瞬のうちに教室の空気が凍りつきました。そして、さっきの男性保護者が口火を切りました。「あの先生は何なんですか?あんなのを普段から許しているんですか」

その保護者曰く、授業中に指名された生徒が「わかりません」と答えたら、授業していた教諭がこう言ったのだと言う。

「そんなものもわからないの?親の顔が見てみたいわ!(後ろで見ている保護者の中の)どの人?」

それだけではすまず、K先生は、最近の親の教育力のなさについて延々と話し続けたのだといいます。

M先生は耳を疑いました。こんなことがあるはずがない。人間業だとは思えません。その後、K教諭に対する批判が次々と噴き出しました。完全にヒートアップ状態です。あまりに予想外の出来事にM先生は現実感を失ってしまいました。そして、これはもうここで収集がつくレベルではないと判断したM先生は、「K先生はもちろん、管理職とも相談して対応させていただきます」と答えるのが精一杯でした。用意していた家庭学習の仕方や生徒指導上の問題についての資料に触れる余裕などまったくありませんでした。

そして、最後にさらに予想外の展開が待っていたのです。

小一時間、K先生批判がとめどなくあふれ出た後、一人の女性保護者が静かに発言を始めました。教室の中はK先生糾弾の方向でほぼ結論を得た状態でした。

 その女性は、消え入りそうな小さな声で話し始めます。

「皆さんの言われることは、よくわかります。」

女性は目にいっぱいの涙をためていた。唇は小刻みに震えています。そして、若干の間があった後、絞り出すように言葉を続けました。

「皆さんやM先生の言う通り、こんなひどい先生はありえないと思います。K先生は一昨年まで私の娘が通う小学校に勤務していました。そのとき、同じような問題が起きて、私は校長先生に直談判しました。そして、校長先生がK先生に指導されたようです。その後、私の娘に対するK先生の当たり方がひどくなりました。授業(専科)のあるたびに嫌味を言われ続けました。娘は私に「お母さんがいらんことするからだ」と毎日泣いていました。娘は必死に耐え、学校を休むこともなく、授業も受けました。でも精神が壊れるんじゃないかと何度も思いました。でもK先生は結局何も変わりませんでした。次の年、K先生はこの中学校に転勤となり、6年生のときは安心して学校に通うことができました。なのに、また・・・。  

皆さんに言いたいことは、あの先生は何をしても絶対に態度を変えないということです。それに、あの先生は2年に一度転勤を繰り返しています。一つの学校に長く勤務させられないので校区の学校を順にたらいまわしにされているんです。たぶん、今年で転勤になると思います。何をしても変わらない人と関わるのはエネルギーの無駄遣いです。傷つく子が増えるだけです。子どもと一緒に無視する方が子どものためだと思います。筋が通っていないのはよくわかっています。でも、今年我慢すれば、あの人はいなくなるんです。うちの娘にとってはそれだけが一筋の希望なんです。下手に刺激して、また娘に集中攻撃されたら娘は本当に壊れてしまうかもしれません。」

教室の空気が一変しました。ひどいとは感じたもののそこまでとは・・・。その後、その女性保護者と同じ小学校区の保護者数名が、援護するように続けて意見を述べました。まさに「無理が通れば道理引っ込む」の究極の状況です。ここまで子どもたちや保護者を追い込んでいて、何も感じず教職を続けられることにM先生は怒りを抑えきれませんでした。しかし、懇談会は保護者の総意として「無視」をすることでまとまりました。やるせない気持ちを強く感じながらも、M先生はその場はそこで会を閉じることにした。

このような「総意」が成立したのは、その学校が近隣地区に比べて田舎であったことも影響していたのかもしれません。また、この話が今から30年ほど前のことであることも関係していたのかもしれないと思います。しかし、今なら、確実にマスコミにリークされて大問題になっていたはずです(その方がよかったかもしれませんが)。M先生は校長にすべてを話すことにしました。校長はK先生が問題あることを知っており、かの保護者が言うように、2年で転勤させることを教育委員会でも確認していたようでした(それも変な話ですが)。

その年の年度末、人事異動が発表になり、K先生は予定通り転勤となりました。ただ、それまでと違ったのは、校区内でのたらいまわしではなく、市外への異動となったのです。校長は、K先生に指導するのではなく、K先生に内緒でKさんの夫に何度も会い、夫から退職を勧めるように説得を続けていたようです。しかし、それは不調に終わりました。ただ、市外に転勤したその年の年度末、K先生は定年まで数年残して退職したと聞きました。なぜ、市外への転勤が可能になったのか、なぜあれだけ教職にこだわったKさんがあっさり退職したのか、はっきりしたことはわかりません。やり手と言われた校長だったから、何か特別な方法を取ったのかもしれません。

いずれにしても、M先生が当時の校長を信じて、すべてを話したことは間違いではありませんでした。

後にも先にもM先生が、こんな学級懇談会を経験したのはこのときだけです。

(作品No.143RB)

きょろきょろする

今回は、県の教育委員会にいたときに上司や先輩から教えてもらったことの中から、学校現場でも役に立ちそうなものをいくつか紹介します。

1 最初はいつもきょろきょろしていなさい

 仕事に慣れていないうちは、絶えず周囲を見なさいという意味です。他の人が何をしているのかを視野に入れていないと、自分の課(学校なら学年など)の重要な課題を見落としてしまいます。慣れないうちはどうしても自分の仕事のことばかり気になります。でも組織の一員として力を出すためには、慣れていないときほど周りをきょろきょろと見て情報を集める努力が必要だということです。

 上司が自分以外の課員に話をしているときも耳だけは、その話に傾けておくようにも言われました。そのときは関係なくてもどこかで役に立つこともあります。ときどき、その上司が話の途中で突然「あなたはどう思う?」と意見を求めてくることがあります。そのときに「聞いていませんでした」ではだめだと言われました。所謂「アンテナを高くせよ」という意味です。それは、広く情報を集める効果を上げるだけでなく、自分の仕事に必要以上に「根を詰めない」方策でもあるのです。

2 仕事は7割で上に回せ(皿回しの理論)

 指導主事は一人でいくつもの仕事を任されます。多いときは大小合わせて10件くらいの仕事を抱えることもあります。そんなときに、一つ終わってから次の仕事へ移ろうなんて考えていると最後の方に回した仕事が進まず、気がつけば締切が過ぎていたということもあります。複数の仕事を抱えているときは、「皿回し」の要領で、どの皿(仕事)も少しずつ回していくのが効果的です。そうしておけば、どの仕事もある程度進んだ状態になり、大きなミスを防ぐことができます。また、違う仕事をすることで気分転換になり、効率があがることもよくあります。

一つの仕事に完璧を求めすぎると、行き詰まりやすくなります。例えば、研究授業のための指導案の出来具合は、7割くらいで止め、学年部の検討会に出せばいいのです。その方が、多くの意見を吸収しやすくなります。そして、結果的にその方が指導案作りの時間が少なくて済み、しかも良い授業ができます。特に、苦手な仕事ほど早い段階で先輩に相談したり、会議に提案した方が効率的でミスも減ります。

3 上の人に相談するときは、自分の案を3つ考えてから行く。

 これはかなり難しい。学校で言いえば10年くらいの経験があって初めてできることだと思います。「3つ」の内訳は以下の通り。一つは自分の一押しの案。二つ目が、一押しの案が通らなかったときの妥協案(ここまでは譲れるという腹案をもっておく)。三つ目は絶対にやりたくない(してはならないと思う)案。自分の一押しの案を実現しやすくするために、根拠となる資料を用意しておくとさらに効果があります。校長の性格や反応の予測ができるとさらにいいでしょう。なかには、敢えて不十分な案を持っていき、上司にそれを指摘させることで上司が気分よく自分の案を受け容れてくれるように事を運ぶ持っていく強者もいました(学校現場ではあまりお勧めできませんが)。

4 まず、ゴールを決め、そこから逆算して今日までのラフスケッチを描く。

 まず、その仕事をいつまでに仕上げないといけないのかというゴールを決めます。そして、仕上げるために必要なことをランダムに書き出します。その後、時系列にやることを並べます(私はよくエクセルを使って並び替えていました)。大雑把なもの(ラフスケッチ)で十分です。すると、それぞれにどのくらい時間がかけられるかが見えてきて、最初の取りかかりをいつにすべきかが見えてきます。逆にまず何をやろうかとスタートから考え始めると、自分でも進捗状況と締め切りのバランスが見えなくなって焦り、慌てた結果、大きなミスにつながることもあります。

(作品No.38HB)

電話っ子

自宅に初めて電話がやってきた日のことです。いわゆる「黒電話」。ある日、たまたま私一人で留守番をしていたとき突然電話のベルがなりました。予想以上に大きな音に口から心臓が出るかと思うくらいびっくりしました。恐る恐る受話器をとると、いきなり男の人の声が聞こえてきました。その男性は電話口の私にこう言いました。「〇〇さん(父の名前)はいらっしゃいますか」私は、首を振りました。何度か同じ質問をされた後、電話の男性は「お留守なんですか」と聞いてきたので、私は頷きました。それでも電話の声はまた「お留守ですか」と聞いてきます。ちゃんと答えたのに・・・と思いながら、私はさっきより大きく首を縦に振りました。電話の男性はついに諦めて「また、かけます」と言って電話を切ってしまいました。そこでようやく気づきました。電話では顔が見えないんだ、いくら大きく頷いても相手には伝わらないんだ、ということに。今では信じられない話ですが、そのくらい電話は当時の私にとって未知の世界のものでした。

今や、電話はスマホに代わり、親が赤ん坊をあやすかわりに動画を見せたりすることも珍しくありません。そうした環境が子どもにどんな影響を与えるのか私にはわかりません。様々な悪影響も懸念されているところです。

 でも、この前とても興味深い文章に出会いました。「心理学から考える「現代の」いじめ問題」というタイトルの小論です。その中に、今から40年以上前の1979年に読売新聞社婦人部に書かれた記事から次のような文が引用されていました。

「いまの子どもたちにとって、テレビと同様、電話も物心ついたときからのおなじみ。足にたよらず、電話にたよる行動形態が身についた“電話っ子”なのだ」1)

 筆者は「この文章の「電話」を「スマホ」に入れ替えると、そのまま現代の状況が書かれているかのようである」と述べています。「足にたよらず」という表現から、電話ばかりかけている子どもを否定的に評価している様子が伺えます。

 かつて、新入社員が「今日はデートですから」と言って残業を断ることが話題になりました。上の世代から、無責任だとかやる気がないとされました。でも、今では滅私奉公的な働き方に社会は否定的になり、自分の時間を大切にすることは人生を豊かにすると肯定的に捉えられるようになりました。終身雇用制が崩れ、懸命に会社のために尽くしてきた人がリストラの憂き目にあう時代を経て、社会全体の仕事に対するまなざしが変わってきたのです。

 そもそも「問題」というのは、それを「問題」と捉える人によって「問題」になるわけです。人は分かりにくいものに出会うと、それを「問題」と捉える傾向があります。「最近の若い奴は・・・」という物言いはその最たるものでしょう。若者が「わかりにくい」と感じられるとき、上の世代の人は自分たちの価値観を脅かされる不安を感じます。その不安から身を守るためには、「わからない」相手を否定するのが最も手っ取り早いわけです。

 私が校長だったとき「今年の新任は、当たり前のことさえもできない」「やる気があるのかどうかも怪しい」というベテラン教師からの苦情を何度も聞いてきました。そういうとき私は、何ができていないのかを具体的に確認し、新任の先生に指導してきました。でも、最後に必ずこう言うことにしていました。「これからの学校を背負っていくのはあなたのような若い世代です。おかしいと思ったことや疑問に思ったことがあれば必ず言ってください。経験を積んだ人の言うことがいつも正しいとは限りません。」

 世の中が変わり、価値観も多様化している中にあって、若い先生の感覚は宝です。膠着した学校の在り方を変えるには、今の社会から最も影響を受けている若い人の感覚を積極的に受け入れる姿勢が必要です。そういう新陳代謝を当たり前にしなければ、学校はいつか世間から孤立してしまいます。

 自分の足を使わないと危惧された「電話っ子」は、今50歳を越えています。その世代がいま「スマホっ子」を批判しているというのは、何とも滑稽な話です。(作品No.132RB)

1)小寺朋子「心理学から考える「現代の」いじめ問題」竹田敏彦監修・編(2020)『いじめはなぜなくならないのか』ナカニシヤ出版、p47

「ね」と「か」

コンビニで煙草を買う。レジの後ろにあるたばこには、番号が付されていて「〇番の煙草をください」と言うと、その番号のところから煙草をとってくれます。そこまでは、何の違和感もありません。ところが店員の中にはこういう人がいます。「これでよろしいですね」。語尾が「ね」なのです。この「ね」は、相手に確認を求める「ね」です。文法的に間違っているわけではありません。でも、何か違和感があります。どこか「上から目線」な感じがします。それは、本当に間違いないですよね、あなたがそう言ったんだから「ね」。

たいしたことではないとは思うから、文句も言わず「はい」と答えてその煙草をもらいますが、「これでよろしいですか」と語尾を「か」にしてもらうと気分は全く違うのにと思います。それは、同じ確認でも疑問の形で聞かれるだけで、こちらの意見を聞こうと言う姿勢が伝わってくるからです。この場合の「ね」は、答えを強要される圧迫感があります。たかだかひらがな一文字のことですが、相手が抱くイメージは大きく変わります。(店員の方は、「ね」を使うことで丁寧に話しているつもりなのだとは思いますが・・・)

この「ね」は、相手のミスや言い間違えを指摘したり、その間違いを攻撃したりするときにも使われます。「あなたは前にこう言いましたよね。あれはウソだったんですか」というときの「ね」。(ただし、「ね」は使い方によってとても温かい響きを持ちます。「よくがんばったね」の「ね」、「元気でね」の「ね」など)

かく言う私も教諭時代,、なかなか約束を守れない子どもを前にして、つい「何度言ったらわかるんだ」と怒気を込めて叱ってしまったことが何度もあります。そんなとき子どもは、こちらの怒りの前に完全に萎縮し、何も言えなくなって固まっていました。卒業して何年も経ってから「実はあのときちゃんとした理由があったんです」と、その子から聞かされたことも数知れず・・・。情けない話です。

他に相手に不快な感じを持たせてしまう例として。電話対応での「うん」があります。相手が親しい人ならいいですが、そうでなければかなり「ぞんざい」な言い方に聞こえます。まさに目線が「上から」です。以前、勤務していた学校で苦情の電話に対しても「うん」を使う人がいました。これは、冒頭の「ね」よりはるかに罪が重い。「はい」と相槌を打てば相手は何とも思わないのに「うん、うん」と言えば、相手は「何て偉そうな対応をするんだ」と逆上することになりかねません。こういう対応をする人に注意をしたら「癖ですから仕方ないです」と言われたことがありました。その時点でアウトです。自分の癖なら相手が不快に思おうと関係ないという、その姿勢が相手を怒らせるのです。「ね」も「うん」も程度こそ違え相手に対して「高圧的」であるという意味では同じです。

今、学校には子どもたちに「寄り添う」姿勢が求められています。社会の多様化が進み、これまで拠り所となっていた規範(当たり前と思われていたこと)が崩れていく中、多くの子どもたちが何を拠り所にすればいいのかわからなくて悩んでいます。彼らに残された唯一の拠り所は自分に寄り添ってくれる誰かです。

「超」がつくほど忙しくなった学校で、子どもたち一人ひとりに「寄り添う」のは簡単なことではありません。でも、語尾を一文字変えるくらいなら、ほんの一瞬です。こうした「一瞬」に込められた教師の思いは、子どもたちに「寄り添っているよ」というメッセージとして必ず伝わります。それが子どもたちの「安心感」につながり、ひいてはいじめなどの問題発生に歯止めをかける力にもなると思うのです。(作品No.12HB)