2%の許し-「信じる」ための授業「道徳」-

「信頼は98%。あとの2%は相手が間違った時の許しのために取っておく。」

ベストセラーとなった『置かれた場所で咲きなさい』(2012幻冬舎)の著者、渡辺和子さんの言葉です。私は、信頼は厚ければ厚い方がいい、100%(何があっても相手を信じている状態)が理想だと思っていたので、この言葉はとても衝撃的でした。実際、渡辺さんも「あなたは人に不信感を植え付けようとしているのか」と言われたこともあったといいます。そういうとき渡辺さんはこう答えるそうです。「(私は)誠実に生きるつもりだけれど、間違うこともあるかもしれないし、約束を忘れることもあるかもしれない。そういう時に許してほしいから」と。また、2%を残しておくことで、大切な相手を責めたり追い込んだりしなくてすみます。また、結果として信頼関係を保つことができ、大切な友人を失わずにすみます。それは、人はもともと不完全なものだということを互いに認め合うことでもあります。と、渡辺さんは仰います。

同様のことを精神科医の泉谷閑示さんは、自著1)の中で次のように述べています。

「どんな人間も、聖なる部分も邪なる部分もあわせ持っているわけで、人を信じるといっても、この部分を信じるということまでしかできないはずです。百パーセント信じる方が話としては美しいでしょうけれど、それは、相手に神と同じ完璧さを要求する「欲望」を向けることにほかなりません。この美しい偽りの道徳は、その陰に厚かましい「欲望」を秘めているものなのです。道徳というものは、このように美しい嘘を含んでいる場合が往々にしてあります。それが人間の「頭」にすり込まれると、物事をあるがままに見ることを妨げ、認識を歪めることになるのです。」また、泉谷さんは人間不信を訴えるクライアントの治療を続けていくうちに「「人を疑ってはならない」とか「まず相手の良いところを見るようにしなさい」などといった道徳がその人の「頭」に強くすり込まれていた」ことが明らかになるとも述べています。

渡辺さんのいう「2%」は、泉谷さんのいう「相手に神と同じ完璧さを要求する「欲望」」とつながります。確かに完全なる聖人君子などこの世には存在しないのですから、人が認め合うという行為は相手の不完全な部分を知ったうえで成立するわけです。「2%」は自分もそういう不完全な人間であるということを素直に認めるという謙虚さとして大切なことだと思います。

ただ、一つ疑問が残ります。それじゃあこれまで私たち教師がやってきた「道徳」の授業は意味がないのかということです。「道徳」で扱う内容は人としての理想です。その理想を「厚かましい」と言われたり、「美しい嘘を含んでいる」とされたりするのは、なんだか釈然としません。

ここまで考えてきて一つ思い出したことがあります。以前、「道徳」の授業について調査したとき「道徳の授業が好きになれない」と答えた小中学生が結構いました。理由で多かったのは小学生では「すぐ説教になる」、中学生では「最初から答えが決まっていて面白くない」というものでした。「道徳」の時間での発言が小学校高学年や中学生へと年齢が上がるにつれて減っていく傾向にあるのはこのためだと思います。

つまり、そのくらいの年齢になると道徳的に何が正しいかは(少なくとも知識としては)わかっているわけです。先生がどんな発言を求めているかも熟知しています。それをことさらに自分の意見として発言する「虚しさ」のようなものを感じるのでしょう。その上「現実はそんな理想通りいかないよ」いうこともわかっています。しかも、それを言ったら授業が壊れるということさえも知っています。だからこそ、ある年齢以上での「道徳」の授業は、理想と現実のギャップにあえて触れることが必要なのだと思います。そのギャップはときに「本音」を誘導することになり、授業の行方が不透明になる「怖さ」もあります。また、どこまでの「本音」を想定するかという「さじ加減」も必要です。でも「本音」を全く通さない授業は上滑り状態(子どもの心に何も残らない状態)となります。逆に真面目すぎる子どもたちの中に、泉谷さんの指摘する「美しい偽りの道徳」をすり込まんでしまうことも起こり得るのです。

「道徳」の授業で大切なことは、一旦「本音」(現実)を通すこと、相手を許す余裕をもつこと、そして、道徳を武器にして必要以上に相手を攻撃しないことが必要です。昨今の匿名による誹謗中傷も、LINEなどのSNSによる個人攻撃や排除も結局ここに解決の糸口があると思います。

(偉そうなことを書いた責任もあるので、私が過去に中学校で実践した道徳のテーマや論文についても、次回以降に紹介していきたいと思います。)(作品No.72KB-2)

 平成31年4月25日初稿 令和4年5月 加筆修正

1)泉谷閑示『「普通がいい」という病』2006.10.20、講談社現代文庫、p236 引用文中の文字強調は引用者による

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