ベネッセ教育情報サイト(2022,11,10)は、文科省は令和4年度に実施した教員採用試験(以下、教採)の倍率をまとめています。それによれば、小学校の倍率は、2019年度で2.85倍だったのが、2022年度には、2.55倍に下がっており、57の道府県・指定都市のうち4分の3が3倍を下回ったとのことです。さらに、42の道県府、17の市県では1倍台にまで落ち込んでいます。
中学校は昨年度に比べると若干増加(0.3%増)していますが、2017年に7.4倍であったことを考えれば、2022年度の4.7倍というのは楽観できる数値ではありません。
こうした事態を受けて国や自治体ではさまざまな改革案が出されています。そのうちの二つを取り上げて、私見を書いてみました。
まず、教採の実施時期を早めるという改革についてです。一般企業の採用試験は教採よりも早い時期に行われてきたため、先に優秀な人材が奪われてしまいます。そうことを防ごうとする改革で、すでに実施した自治体もあります。
しかし、これは本当に効果的なのでしょうか。早く採用が決まった人が、その後に一般企業から内定をもらって辞退する人がどの程度出るのかが気になるところです。
これまでも、教採合格後に一定数の辞退者がいたわけですから、先に教採を実施しても辞退者が減るとは限りません。受験者が増えた分だけ辞退者も増えたのでは意味がありません。一般企業への就職を第一希望とする人にとっては、教採の時期に関わらず「滑り止め」でしかないのですから、実際に教職に就く人を増やせるかどうかはやってみないとわかりません。
次に、文科省が力を入れようとしている改革に学生の「学校体験」の推進があります。教育新聞編集部(2022年2月21日)によれば、
「教員の養成・採用・研修の在り方を議論している中教審は2月21日、合同会議を開催。文科省は教職課程を見直すたたき台を提示し、教職課程の学生が大学3年後期か4年前期に学校現場で行う現在の教育実習を取りやめ、学校体験活動の活用を通じて、学生が学校現場での教育実践を段階的に経験する方向性を打ち出した。「理論と実践の往還を重視した教職課程」への転換と位置付けている」
と、あります。文科省には、現行の教育実習制度を学校体験にシフトさせようとする考えているようです。
この改革は、早くから学校現場を知ってもらい、受験生(学部生)の不安を取り除くとともに、実際に採用された後もスムーズに学校現場に馴染めるという効果を期待してのことでしょう。
けれども、この改革は両刃の剣です。学校現場が魅力的であればこそ有効ですが、そうでない場合は逆効果になりかねません。
冒頭のベネッセ教育情報サイトによれば、早朝ボランティアなど勤務時間外の業務を体験することによって、逆に「自分には務まらない」と感じたという、実際に学校体験をした学生の声を挙げています。「やっぱり学校はブラックだった」と感じてしまったのでしょう。
また、根本的な問題として、学部生が年に何度も学校現場に行くことで、もともと「学校しか社会知らない」若者が、これまで以上に閉じられた社会経験しか持てなくなってしまうのではないかという危惧もあります。あくまで私見ですが、学校に体験に来るような時間があるなら、海外旅行で見聞を広げるとか、学校以外のボランティア活動に従事するとか、学校では経験できないことをした方が、厚みのある教員になれるのではないかと思います。
小中学生は、学校以外の社会を知りませんし、学校外の人とのかかわりも少なくなっています。これからの教員には、授業の技術だけでなく子どもたちを学校外の人たちとどうつなげるかが求められます。
そもそも学校現場のことは、赴任すれば嫌でも覚えます。最初の数か月は、学校体験の効果があるかもしれませんが、長いスパンで考えると採用される側から見てもメリットは少ないのではないかと思います。
教採の受験者を増やすためには、こうした小手先の変更では大きな効果は期待できないと思います。それよりも、国レベルで学校現場の働き方改革をもっと具体的に示す方が効果的だと思います。ブラックと言われる学校現場の状況を、学校体験で知られて「やっぱりブラックだ」と思われてしまえば、何のための改革かわかりません。
それなら、「今はブラックかもしれないけれど、数年後には、これだけ解消しますよ」という、具体的な方針を強くアピールする方がよほど効果的です。受験生が「えっ、ウソ!」とびっくりするようなインパクトのあるものを、国や文科省には打ち出してほしいと思います。それが、学生の希望につながります。
例えば、現在文科省が進めている「不登校特例校」を、将来的にはすべての公立小中学校のスタンダードにするなんて方針はどうでしょうか。
そうすれば、授業の時間数も減らすことができますし、児童生徒が自分の興味・関心・能力に合わせたカリキュラムを自分で組むことも可能になります。当然、教員は本来の業務に専念できる時間が確保できるでしょう。不登校も減ると思います。
教採を受ける人が減っているのは、教員になりたいと思っている人が減っているからではないと私は思います。なりたいと思っていても一歩踏み出せないのは、学校の教育制度や働き方への不安が邪魔をしているからです。
教採受験者の多くは、もともと教育に関心があり、子どもたちと触れ合うことが好きな人たちです。そうでなければ、教採が選択肢の一つに入っていないはずです。
今最も大切なのは、学生に「自分にもできるかもしれない」という希望を与えることです。
(作品No.184RB)