教職志望の大学生に伝えたいこと(紙上講演)

最近、教員採用試験を受験する人が激減しているといいます。そんなに先生という仕事には魅力がないと思われているのかと思うと、長年教員をやってきた身としては非常につらいものがあります。

 確かに、ブラックと言われるほど超過勤務が長く、小学校も中学校も過労死ラインを大きく超えている現状を考えれば、そんな職場に行きたくないと思われても仕方がないでしょう。でも、私は長年教員をやってきて、本当に良かったと思っています。実にやりがいのある仕事です。それだけに、国レベルでもっと迅速に働き方改革を進めてほしいと痛切に感じます。

 教員のやりがいは、子どもの成長の中にあります。できなかったことができるようになる、世の中を斜めに見るような子が素直な面を見せてくれるようになる、そして子どもたちが全身で笑顔になる瞬間が見られる。そんな仕事は他にあるでしょうか。

 私が教師になると父親に言ったとき、父はこう言いました。「先生はいい。かかわった子どもと長い付き合いができる。子どもにとってはいつまでたっても、先生は先生だからな」。人と人が直接触れ合え、その関係が長く続く、そういう意味で父はうらやましいと感じていたんだと思います。

 さて、最近では大学でインターンシップのような制度が導入されることが多くなったようです。皆さんも、もしかしたら活用しているかもしれません。現役の大学生の間に学校現場に行って、一定期間教員の補助的なことを行うものです。

 教育実習だけでは、なかなか経験できない学校現場の先生の思いや、細かな仕事の内容まで見えてくるという意味で、貴重な経験になるものだとは思います。だから、教員になると決めている人はやってみたらいいと思います。

 ただ、その際皆さんに覚えておいてほしいことがいくつかあります。

 一つは、どんな学校に行くかはわかりませんが、決してその学校が全てではないという意識を持っていてください。中には、インターンシップに行って「学校って本当にブラックなんだ」と感じて、教職希望を取り下げたという人もいます。その学校が、ブラックなだけで他もみんなどうだとは限りません。また、これから確実に働き方改革は進んでいきます。今でも進んでいます。今だけを見て簡単に判断しないでほしいと思います。

 それからもう一つ。こちらの方が私の最も言いたいことなのですが、インターンシップに行くのはいいんですが、そこでスキルやノウハウだけを学ぼうとするのではなく、むしろ先生方の意識や、理想について聞いてきてください。

 どんな子どもに育てたいと思ってやっているのか、子どものためってどういうことだと考えているのか、そういう根源的な部分について触れてほしいと思います。まあ、そんなこと考えたこともないという先生もいるでしょうが。

 具体的なスキルを学ぶにしても、それがどういう意味を持ち、子どものどんな部分を伸ばそうとしてやっているのかについて、積極的に先生方に聞いてほしいと思います。特に生徒指導上の問題への対応には、指導する先生の教育観がはっきりと出ますから、その辺のところを吸収してほしいと思います。

 そもそもスキルやノウハウというのは、基本的なものはあるにせよ、学校によって違うものです。地域性もあって、その学校独自の文化などもあって当然です。だから、スキルばかりに目を向けても、実際に赴任する学校でそのまま使えるかどうかはわかりません。とても貴重な体験なのですから、もっと根本的なことに目を向けて臨んでほしいと思います。

 この話からすると、学生の間にぜひ、教育の本質的なことが書いてある本を読んでほしと思います。それは、学生のときでないとなかなかできません。実際に赴任してしまうと、最初の数年は、毎日が戦争のような日が続きます。やることが山のようにあって、本質的なことを考える時間的、精神的な余裕を持つことが難しくなります。

 それはそれで、皆さんの将来の糧になることは確かですが、方法論というのは理論的なバックボーンがなければ、すぐに使えなくなります。ある社会学者が言っています。「すぐに使えるものは、すぐに使えなくなる」と。

 インターンシップや大学での具体的なスキルやノウハウはよくもって1年くらいでしょう。必ず枯渇するときがきます。効果的だと教えられたことが、自分の学校では通用しないということはよくあることですし、同じ方法がいつまでも使えるとは限りません。

 そうなると、どうしていいかわからなくなります。そのときに「拠り所」となるものを持っていないと、途方に暮れてしまいます。教育について深く考えた経験がある人はそういうスランプのようなものにぶつかったとき、原点に帰ることができます。

 教育の専門書を本格的に読めるのは、大学生のときだけです。できれば難しいものに挑戦してみてください。例えば、私がおすすめなのはボルノウの『教育を支えるもの』なんかは、現代の学校にも十分に通用すると思います。難しくてわからなくても大学にいるときなら、教授に質問に行けます。その時間的余裕も大学生の方が十分にあるはずです。

 もっと読みやすいものとしては、教育哲学者の苫野一徳さんの本がおすすめです。これは新書版でとても読みやすく、しかも、教育の本質について気づかせてくれます。

 よく、学校現場、特に中学校なんかでは「そんな理屈ばっかり言っても役に立たない」という人が先生方の中にも結構いますが、それは間違いです。指導力のある先生をよく見ているとわかります。その先生がやっていることは、本人が自覚していなくても実は理論的に説明できることが多いのです。それに気づけるようになるためにも、読み応えのある教育の専門書を一冊でもいいから読んで卒業してほしいと思います。

 いま、多くの教育学系の大学ではゼミの授業よりも採用試験対策や現場ですぐに使えるものを教授することが多くなってきているといいます。これは、文科省が率先してやっている面もあります。求められる教師像を設定して、そのためのコアカリキュラムを大学に課すような取組をすでに進めています。それはある意味非常に危うい。同じような先生ばかりを育てることが本当に子どものためになるのだろうかと思います。

 私は、皆さんに長く教員生活を送ってほしいと思います。それは、自分の年齢や経験の数によって、目の前の子どもから見えてくることが変わってくるからです。新任の時にはみえなかったことが、5年後、10年後に見えてくることも多くあります。そうなればなるほど教師のやりがいは深いものになります。ぜひ、それを経験してほしいと思います。

 長く続けるには、そして長いほどに味わえる教員のやりがいは自分の中にある「拠り所」の確かさに比例します。そのためにも、ぜひ教育の専門書を読むことにこだわってください。

 

 最後になりますが、皆さんが、晴れて教職に就かれたときにお願いしたいことがあります。それは、できるだけ自分の考えを発言してほしいということです。未熟な自分には何も言えないとか、何もできないくせに何を偉そうに言っているんだと思われないかとか、迷いはあるとは思いますが、それでも自分はこう考えるということを意思表示してください。

 先輩の先生がやっていることが必ずしも正しいとは限りません。特に最近は学校も大きく変わろうとしています。そういうときに若い皆さんの感性は必ず役に立つはずです。これからの学校を支えるのは皆さんのような若い人です。

 企業の中には、社の命運をかけるようなプロジェクトに敢えて新採用の人をメンバーに入れることもあるそうです。それは、会議を硬直化させないためです。何もわからない、経験もない人の方が意外と物事の本質を突くことがあるんです。

 若い人の声に耳を貸さない組織は必ず衰退します。学校も同じです。私は20代の先生によく言っていました。「あなたの考えは間違っていない。もっと職員会議で発言してください。これからは、あなた方の時代なんですよ」って。

 ベテランの先生の言う「こうするべき」という考えも尊重することは必要ですが、「べき」にこだわりすぎると、目の前の子どもと離れていくことに気づかないことも結構あるんです。

 最近の新任の先生はとてもまじめです。でも、あまり自分を出さない人が多いとも感じます。もっと、わがままになっていいと思います。そうやって自分の考えを行動に移すことで周囲のベテランからいろいろいわれることもあるかもしれません。それでいいんです。そういう経験が皆さんの将来の力になるんです。若い人は多少とげがあってごつごつしているくらいがちょうどいい。不要なとげとげしさは、ぶつかっていくうちに丸くなります。そして、必要な「とげ」、つまり自分らしさだけが最後に残るんです。最初から丸いとそこから自分らしい「とげ」を作ることは難しい。

 現代は多様化の時代だと言われています。この10年ほどで社会の価値観は大きく変わりました。皆さんはそういう社会で育ってきたのです。社会の最先端の空気を吸って成長してきたのです。子どもたちと最も近い感覚を持っているのは、皆さんです。

 どうか自信をもって、やりがいを満喫してください。

(作品No.192RB)

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