当たり前を褒(ほ)める

令和4年12月13日に示された文部科学省の「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果ついて」によれば、通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒は、小中学校では8.8%、高校では2.2%に達しています。これは、35人学級(小中学校)であれば、1クラスに3人程度いることになります。

 平成24年に発表された同様の調査(文科省)では、通常の学級における発達障害(LD・ADHD・高機能自閉症等)の可能性のある児童生徒は6.5%程度だったことを考えれば、特別な支援が必要な児童生徒が増えているのは明らかです。

 なぜこんなに増えたのかは私にはわかりません。また、原因の追究をしたとしても素人の私には限界があります。そういうことは、専門家に任せたいと思います。私たちにできることは、目の前の子どもが何を求めているのかにどれだけ耳を傾けることができるかだと思うからです。

 ある多動性傾向の強い子がこんなことを言ったそうです。

「ぼく、本当は座りたいよ」

 授業中に立ち歩く児童に、教員が自席に座るように促したときに発した言葉です。本当はみんなと同じように座って授業を受けたいと思っているのに、どうしてもできないというのです。佐藤氏は他にも、聴覚障害のある子から「耳が4つあり前からも後ろからも音が入ってきた」と聞かされたこともあったといいます。

 こうした話を通して、植草学園短期大学特別教授で特別支援教育士スーパーバイザーである佐藤愼二氏は、次のように子どもに「諭された」と述べています。

「(この子は)見方を変えれば、「着席している状態」は頑張っていたのだ。配慮を要する子どもたちの「客観的に見ればできて当たり前」の行動の多くは、「努力の表れかもしれない」と「見方」を変える必要もありそうだ。」

「多動性とは、パンツの中にアリが1匹入っている感覚なのだ」と諭された。」1)

 よく「困った子」は「困っている子」だと言われます。でも、一番困っているのは本当にしてほしい配慮をうまく周囲に伝えられないでいる子どもです。

 学校は病院ではありません2)。悪いところを治すのが病院ならば、良いところを伸ばすのが学校だと思います。私たちは、つい何か良いことをした子だけを褒めますが、静かに椅子に座っている子は、それが当たり前だとして特別に褒められることはありません。でも考えてみれば、そうした子の〝お陰〟で教師は授業が進められるのです。

 

 私は、新任の時に学級を崩壊させた翌年、最初の学活で全員が静かに座って話を聞いてくれている姿に涙が出そうなくらい感動したのを覚えています。また、複雑な事情を個々に抱えて学校に馴染めず、それでも自分を変えたいと入学してきた山の学校の生徒を思い出します。特別支援教育の話から(そ)れてしまったかもしれませんが、結局は同じなんじゃないかとも思うのです。

(作品No.226)

1)教育新聞デジタル(2023年5月13日)「通常学級の「特別」ではない支援教育」第5回、佐藤愼二

2)前掲、2023年5月9日、第4回 

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