久しぶりにバスに乗りました。目的地までの約30分間でしたが、いつも車を運転している身としては、結構、新鮮でした。
私は一番前の席に座りました。小銭をあまり持っていなかったので両替しやすい席に座ったのです。そういえば、子どもの頃は、電車やバスの最前列に座るのが好きだったなあと思い出したりしながら。
そのときの運転手さんは、停留所から走り始めるたびに「全員の着席を確認しましたので、発車します」とアナウンスされていました。「発車します」というアナウンスはよく聞きますが、わざわざ全員の着席を確認したことを声に出していう人はあまりいません。
「真面目な人なんだろうなあ」と思いました。

いくつかの停留所を通過して、比較的交通量の多い二車線の道路に入りました。すると、運転手さんは、停留所に止まるたびに「お客様、減速時の際には、バスが揺れます。ご注意ください」とアナウンスしました。それ自体は珍しいことではないのですが、その言い方がいかにも緊急事態が起こったかのような緊迫感のあるトーンだったので、最初に聞いたときは、何か危ないことが起こったのかと一瞬ドキッとしました。
驚いたのは、この運転手さんは、毎回停留所に止まるたびに同じトーンでアナウンスされたことです。
「やるなあ、この人」
と、私は感心しました。
運転手の中には、ボソボソとした口調で、何を言っているのかよく聞き取れない人も結構います。毎日同じことを繰り返しているのですから、言い方がおざなりになってしまった運転手を責めるのもかわいそうだと思います。でも、この人は毎回気持ちを込めた言い方をされていたのです。
考えてみれば、私にとっては「毎回」であっても乗ったばかりの乗客にとっては、1回目であるわけです。すべての乗客を大切にするその姿勢に感服しました。
終点が近づいてきたので、私は、さっき両替した小銭を財布から取り出そうとして、100円玉を1枚足元に落としてしまいました。100円玉は、ころころと通路の真ん中にまで転がってしまいました。運転手さんから見える位置です。いつもの私なら、走行中であっても立ち上がって拾いにいったと思います。でも、そのとき思ったのです。この人(運転手)の前で走行中立ち上がることなんてできないと。
これがプロの仕事なんだなあと気がつきました。
こんなに誠意をもって乗客の安全を大事に思っている人の誠意をむだにすることは失礼です。私は、バスが次の停留所に止まるのを待ちました。
子どもも同じです。私たちが、子どもたちにどう接するかによって、子どもの行動は変わっていくのです。
「……子どもは、彼の環境から、彼に寄せられる期待によって、左右されるのである。子ども は発達をすすめるためには、彼を取りまくものからの信頼を必要とする。この信頼が欠けているばあい、すなわち信頼の代りに、明らさまにせよ、暗黙にせよ、なんらかの不信がそこにあるばあいには、子どもの発達も決して首尾よくすすまず、あるいは停止し、あるいはひどく歪められてしまう」(ボルノウ(1989)森昭・岡田渥美訳『教育を支えるもの』、p107)
相手に対する誠意は、信頼につながり、信頼は人を動かし成長させます。子どもたちも、信頼する人を決して裏切りたくないと思うはずです。
(作品No.204RB)