S中学校に勤務していたときの話です。私は野球部の顧問でした。生徒も保護者もとても熱心で、厳しい練習をしてもクレームはほとんどありませんでした。逆に「先生、うちの子が練習後に帰ってきた姿を見たが、ユニホームがあんまり汚れてないじゃないですか。本当に練習したんですか。」といった「もっと頑張れ」的な声がほとんどでした。もともと野球が好きな私にはうれしい「クレーム」でした。
そんなある日の昼休みでした。キャプテンのTさんが私のところに来てこう言いました。
「部員の〇〇君が、先生のいないとき、たいした理由もなくときどき練習を休んでいます。注意しても聞きません。どうしたらいいですか?」
Tさんは、キャプテンとしてチームの雰囲気を壊すような行為は許せないと感じていたのでしょう。でも、うまく伝わらない。真剣な訴えでした。
以下、私とTさんとの会話です。
私「Tさんは、野球部になぜ入りましたか?」
T「僕は、野球が好きだから入りました」
私「そうか。じゃあ、あなたはときどき休むその子を、うらやしいと思ったことはありますか。そして、練習に参加して損をしたと思ったことはありますか?」
T「そんなこと思ったことはありません」
私「そうですよね。じゃあ、その子に言ってやってください。練習は楽しい。やれば必ずうまくなる。参加しないなんてもったいないぞって。」
Tさんの表情がパッと明るくなりました。そして、私の元から走るように去っていきました。きっと、少しでも早くその子に伝えたかったのだと思います。
こんなこともあるんです。だから教師はやめられない(辞めた私がいうのも変ですが)。
(作品No.117RB)